『バファリン』
ある日洗濯物を畳んでいる僕の隣でゴロゴロしていた銀さんが、窓の外を見ながら唐突につぶやいた。
「俺とお前、どっちが先に死ぬかなァ」
・・・あれかな。さっきやってた老夫婦のドラマの影響かな。
銀さん興味ないみたいな振りして結構観てたもんな。
唐突に縁起でもない事口走るなよ、畜生。
「そうですねぇ。年齢的・病気的に見てもアンタが間違いなく先でしょうね」
「うわ、酷っ!新ちゃん冷たい!ツンドラ!ツンデレ!!」
「誰がツンデレかァァァァァ!!・・・僕、これでもアンタを充分甘やかしてますよ。バファリン並に優しいです」
「え、ドコが!?いまの発言のどの辺が半分やさしさなの!?」
アンタのこの物騒な発言に、望んでる答えで返してやってる辺りだよ。
でも多分このひとは無自覚に聞いてる。
無自覚に、安心したがってる。
全く、厄介なひとだなあ。
僕は洗濯物を畳む手を止めて、銀さんを見た。
「だから、アンタに先を譲ってあげる、って言ってるんです」
「!!」
「置いて逝かれるの、嫌でしょう?アンタ亡くすの、嫌いでしょう?
――だからアンタに先を譲ってあげます」
銀さんはぽかん、とした表情で僕を見た。
自覚してないでそんな事聞くからだよ。バカ。
「アンタが死ぬときはね、僕がアンタの枕元に座って、アンタの頭、撫でてあげます。
優しい言葉をかけて、気が向いたら口付けてあげます。アンタが最期に見るのはね、銀さん。
僕の極上の、笑顔です。ご安心を。」
そう、ご安心を。
そりゃあ―――置いて逝かれるのは僕だって嫌だ。
だけどそれ以上に、アンタを置いて逝くのは嫌だ。
だからアンタに絶対先に逝ってもらう。
これは弱い僕の、たったひとつの覚悟。
「アンタを置いて逝ったりしません」
気が済んだか、バーカ。
――銀さんは僕のところまでやってきて、ぎゅっと僕を抱きしめた。
「・・・・・・ありがと、新ちゃん」
「いいえ」
感謝なんて、いりませんよ。
置いて逝かれるのは僕だって嫌だ。
だから。
アンタを笑顔で見送ったら、すぐにアンタに逢いに行くから。
バファリン並みの優しさ、っていうのはね。
半分はアンタの事考えてる、アンタへの優しさ。
残り半分は僕の、弱くて狡くて汚い覚悟。
ほんとの優しさは、半分しか持ってない。
そういう意味なんです。
だからね、
「感謝なんて、いりません」
END
ヘタレ旦那と強気に見せて弱気な妻。みたいな。